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調律師(+動画) [音楽]

あれから9年が経ちました。
私が26歳の頃から年に一度、7月か8月に来てもらっていた高木さんというピアノの調律師がいました。
高木さんは江古田で親の代からピアノの楽器店の経営と調律をやっていて、歳は私より7~8年上で、色が黒く体は筋骨隆々、ヨットに乗り、長期休暇には一人でボルネオ島に探検に行くほどアクティヴな人でした。

私の家のピアノも、出会った頃に高木さんの店で買ったもので、アップライトからグランドに替えるときに、
「本当はこれが一番いいんですけどね(高い)」
と勧められた今は製造されていない「ヤマハS400B」(象牙と黒檀の鍵盤)です。

それで9年前のことですが、それまで年に一回、調律の後にお茶を飲みながら世間話をして、ほんの2時間程で別れてしまう間柄なのに、その日はどういうわけか仕事の後に私を外に連れ出し、バイクの後ろに座らせ、江戸川の下流の船着き場に招きました。
それから、私を高木さんの所有する船に乗せ、ロープの結び方などを指導して、こう言いました。
「今後、友達を連れてきて乗せて遊んでもいいからね」
(といっても私は船の操縦はできませんし。それとも免許を取れと言っているのか?)
ともあれ高木さんは操舵室へ、私は後ろへと別れて出航し、江戸川を下り、妙見島【*】の左脇を通り抜けて、東京湾に出ました。
しかしその日はあいにく風が強く、波が高かったということで、適当な所で引き返しました。

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【*】江戸川の中州で東京23区内唯一の島
船着き場に戻ってから、高木さんに言いました。
「あれ、妙見島ですよね」
すると、高木さんは、
「ああ、知っているんですか」
と答え、私が、
「高校時代に友達とよく東西線でわざわざ西船橋周りで帰ったんですけど、その時に鉄橋からいつも見てたんです」
と説明すると、高木さんは、
「妙見島にラブホテルがあるんですねえ」
と意外な発言。
いや、実は私も気づいていたので、2人で思わず笑ってしまいました。

そのあと、また家までバイクで送ってもらって別れました。
しかしながら、どうした風の吹き回しかと、私はしばらく悩んでいました。

そのうちに1年が経ち、夏になり、もう来るだろうと思って構えていました。
ところが、8月が終わろうとしても一向に連絡が来ません。
すると、ある日、一本の電話が架かってきました。
母が受けて、なにやら調律の話のようでしたが、様子が変でした。
母が言いました。
「いま鈴木さんという調律の方からだったんだけどね、高木さん亡くなったんだって」
「去年の10月、心臓の病気で急に」
「まだ50代よね」
「あんな頑丈で死にそうもない人が・・・」
私はすぐには信じられませんでした。
と同時に1年前に船に乗せられたことを思い出しました。
「えっあの2か月後?」
「あの出来事はいったい何を意味しているんだろう?」
「高木さんは私に何らかメッセージを残したのかもしれない」
今まで何度も「虫の知らせ」を経験してきたので、偶然とはとても思えなかったのです。
もちろん今でも思い返すたびに、その意味を考えます。
『船乗りは教える、人生は海(航海)。旅人は呟く、人生は旅。』
高木さんは私に、
「古いものにしがみ付いていないでもっと冒険をしろ」
と積極的な意味で言っているようでもあり、
「これからは一人で何でもやらなければならなくなるから、自分で解決する力をつけろ」
と消極的な意味で言っているようでもあります。
そういえば、その頃(9年前)、銀座の山野楽器の裏出入り口でポール・ポッツ氏に出くわし目が合った時に、
「なに燻ぶっているんだ、チャレンジしろ」
と言われているような気がしましたが、それと共通点があるのかもしれません。
(もっとも、オーディションという意味ではないでしょうけど)
たしかに以前は、絵に関しても、音楽に関しても、著作に関しても、もう少し希望を持って本気で社会に働きかけていました。
ところが、この頃になると「諦め」と「安定」が頭を支配するようになりました。
結局その後、世に問う行動は、4年前の著作一つだけです。
前回のことと通じますが、
「まず物質的生活を確保してから大義を果たそう」
などという心構えがそもそも間違いだということ、つまり道ではないということを知らせてくれているのです。

また調律師の鈴木さんから連絡がありました。
今年の夏もあの出来事を思い出し、そのたびに戒めることになりそうです。

調律前ですが、
ルネサンス時代のイギリスの音楽(ウィリアム・バード作曲)を2曲弾いてみました。

https://photos.app.goo.gl/CfuiCw14DP7gv8Ys9

https://photos.app.goo.gl/8YeCApEwHr4sM33o8

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